ふきやの外観 屋号の「ふきや」とは、植物の「蕗」から由来している。
寒冷地でも繁殖する「蕗」は、生命力の塊。
「ふきや」も、世の中の景気などに左右されない、パワーのある宿として、これからもその歴史を刻んでいく勢いを感じる。
首都圏に近い湯河原は、その時代時代に支持された名旅館が多い。
文豪が定宿にした宿。
その時代の権力者がひいきにした宿。
数多くの人脈を誇る名物女将がいる宿。
とにかく大事な人を接待するための高級旅館。
・・・とにかく、パワーを持った宿が多い。
そんな中、この現代で一番光り輝いている宿といえば、この「ふきや」をあげる有識者は多い。
それは、なぜか?
その要因としては、ほぼ完全に近い、顧客が満足する設えが用意されているうえに、抜群のバランス感覚を持ったセンスと言えるものを感じ取れること。
言い換えれば、完全なハードの上に、絶妙で、最適なソフトが載っているようなもの。

もうひとつ言うならば、「粋(いき)」を感じ取れる宿ということ。
「粋」とは、ある種の美的観念ではあるが、それは感覚的なものであるが、それに触れることによって、人は心地よくなる。
日本間に、北欧の高級家具を置いたり、手仕事を感じさせる客室の細工などを見て、それを感じる「大人」が、この宿の常連客となっている。
料理の献立も特徴的だ。
一般的な宿は、お客に「お腹一杯で食べきれないよ」と言わせれば、それをほめ言葉と受け取る。
しかし、その言葉の裏には、「どうしてメインの料理まで行く前に、お腹いっぱいにさせてどうするの?」というクレームの言葉と受け取ってほしい場合がある。
「ふきや」は違う。
本当に美味しい、旬のものを、種類多くいただくスタイル。
一品一品は、量はないが、それぞれが至高の一品。
いわば、量より質の献立なのだ。
年配者や女性客が多いという背景もある。
しかし、「ふきや」の料理を食すれば、ここにも他の宿とは違う何かを感じるはずだ。
Aタイプ207号室の客室
客室の造作もそうだ。
たとえば、207号室は平成12年、ロビーは平成15年に改装を施したが、それは京都の職人を呼び寄せての匠の技によるものだった。
施工後、日本の文化を映すような空間は、満足いくものであったが、同時に今まで置いていた家具の陳腐さが目立つようになってしまった。
それは「バランスの悪さ」だったのだが、それからその空間に似合う、または違和感のない家具を探し始めた。
それで行き着いたのが、フィン・ユールであり、北欧の椅子たちだった。
FINN JUHL(フィン・ユール) Easy Chair,No.53
当初は値段の高さ(1脚50~100万円前後)に驚きもしたが、よくその椅子の造形美や機能美、そして職人の技を見れば、正当な価格だとわかって、そしてその空間に置いてみれば、想像以上にピッタリとハマったという。
「日本でも、北欧でもない。職人の技が表現するものは、お互いが調和する。」
「ふきや」の経営者は実感した。
彼がプロデュースした空間が、「大人」が死ぬまでにしたい事を、この宿がいくつか叶えてくれる。
「フィン・ユール」の椅子に時間の許す限り座ってみたい。
山を眺め、街を見下ろす天空の露天風呂に浸かってみたい。
本当に美味しい本物の鮎を食べてみたい。
・・・小さい事かもしれないが、実現すればなんとも言えない満足感を受ける。
若女将の山本まり子さん
そして、実際にお客の前に接するのは、若女将のまり子さん。
彼女の人懐こい笑顔は、数多くの常連客を生んできた。
着物の帯には、スマートフォンを忍ばせ、暇を見つけては、ツイッターやブログを更新しているネット女将でもある。
しかし、根本は癒し系の女性である。
普通なら高級旅館ならではの敷居の高さを感じるところを、彼女の存在がそれを打ち消している。
これも、「ふきや」の独特の「バランス感覚」のひとつなのだ。
山と街の景色が一望できる貸切露天風呂(3F)
その「バランス感覚」だが、日本伝統の様式美にこだわりを持ちながら、現代人が心地よく過ごせるならば、どんどん新しいアイディアを受け入れる点は、このランクの高級旅館では珍しい。
現状に満足せず、常に進化を求めている姿勢が、この宿の最大の人気の秘密なのかも。
この宿が、湯河原で、現役で一番のパワーを持っている証しが、もうひとつ、顧客にある。
実業界、芸能界ほか、各界で活躍されている著名人が多いこと、多いこと。
成功されている人は、やはり一般人にはないアンテナを持っており、そして「粋」を感じとれる人たちなのかもしれない。
「小規模高品位旅館」という言葉があるならば、この「ふきや」には間違いなく当てはまるだろう。















