昭和20年9月2日 外務大臣、重光葵は
主席全権として米艦ミズーリ号で降伏文書に調印
のちにA級戦犯 として東京裁判に起訴されました。
釈放後、国連加盟に尽力して
国連総会にて「日本は東西の架け橋となる」と
演説した人物です。
湯河原の別荘がそのまま記念館として公開されています。
(金・土・日曜日のみ)
机の右側に天皇陛下から頂いた「恩賜」と書かれた
義足がたてかけてあったり、旅行鞄があったりと
重光葵の気配を感じて
平和な時代に改めて感謝する
厳かな気持ちになりました
![]()
(写真掲載の許可を頂いてあります
)
「新人も旧人も、時世を恨みまたは罵ってはならぬ。
勇敢にこの新時代を開拓して
日本民族の偉大なる将来を作り出さねばならぬ。
昭和21年1月5日記 重光葵 」



