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2009.05.14

柊家の「お八重さん」

昨日の読売新聞の社会面に載った記事を見て
改めて思い出しました。
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京都の名旅館御三家と言えば「俵屋」「柊屋」「炭屋」

工事クン(夫)は大学卒業後サラリーマンを経てから
「柊屋」さんに丁稚奉公に行き
お八重さんにお世話になったのです。

日本中から沢山の旅館の息子が勉強に来たのですが
皿洗いも一生懸命する工事クンはとっても気に入られ
湯河原に戻った後も
交流は続いておりました。

「ばーちゃん」「山ちゃん」って呼び合ってました。

お八重さんがお客様に六本木で御食事を招待された時
ホテルに泊まるのはいやだから、と
工事クンがお迎えに行ってふきやに泊まられた事も。

我が家の高3の長男がまだ小学生の時
大女将と柊家に泊まり
お八重さんにお礼をかねた年賀状を出すと
小学生の息子宛にきちんとお返事を下さった事も。

大女将は着物を頂いた事もあるし

思い出話は山ほどあり
あらためて「おこしやす」を読み直しました。

東條英機など七戦犯すべてのお世話をした事や
三島由紀夫が切腹するひと月前
「お八重さん、必ず長生きしてくださいね。・・・元気で・・・」
と、京都駅から電話が入った事等

涙なしでは読めない
とびきりの逸話ばかりで

亡くなられた後に読むとまた
より一層強く、胸に響きます。

旅館のお客様との出会いって
すごい事だな
って、しみじみ思います。

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